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最高裁判所第三小法廷 昭和28年(オ)362号 判決

主文

原判決は破棄する。

本件を東京高等裁判所に差戻す。

理由

上告代理人弁護士小堀文雄同海野普吉同高橋巳之助同位田亮次の上告理由第三点について。

原判決は、被上告人の長男黒崎平兵衛は昭和二六年五月四日被上告人を代理し上告人に対して本件山林を売渡したが、右は同人が何ら被上告人の諒解をうることなく擅にしたものであるとした上、上告人の民法第一一〇条の表見代理に関する主張に対しては、上告人は黒崎家と同村に居住し、古くから同家に出入りして農事の手伝をし、同家の山林の落葉を集め、また本件売買当時にも時々黒崎家に出入りしている間柄であつて、かつ本件のような山林の売買は黒崎家の単なる家政の処理と異る重要な事柄であるから、上告人としては被上告人本人に本件売買の事実を確めるべきであつたとし、その所為に出でなかつた上告人には平兵衛に本件売買の代理権ありと信じたことに正当の理由があるといえないとしてその主張を排斥したのである。

しかし原判決の確定したところによれば-被上告人は本件売買当時七〇才の老齢であつて、黒崎家においては長男の平兵衛がいわゆる世帯主となり、被上告人所有の田畑の耕作供出納税及び家計の担当等の家政を処理しているのみならず、平兵衛は被上告人を代理し、昭和二三年頃から同二五年四月までの間に訴外関勝三郎に対して被上告人所有の山林立木約七〇石を、また昭和二五年六月一七日上告人に対して被上告人所有の山林六反八畝二七歩外五筆をそれぞれ売渡し、後者については同年一一月二九日所有権移転の登記手続を経由しており、かつ上告人は平兵衛から本件山林を買受ける際被上告人の承諾をえた事実を告げられ、また前示のように昭和二五年六月一七日平兵衛から買受けた山林については登記も完了し、その売買証書に押捺せられた被上告人の印影と本件売買証書に押捺せられた被上告人の印影とは同一である-というのであつて、これら一連の事実によるときは、被上告人はむしろいわゆる隠居的地位にあつて、黒崎家の世帯の管理は事実上長男平兵衛(同人が当時すでに齢四〇才を越した成年者であることは記録上明かである)手裡に帰し、同人には黒崎家の一切の財産を管理処分する広汎な権限があることを推認せしめるに足るものがあり、本件山林の売買については少くとも同人に被上告人を代理する権限ありと信ずべき充分の理由があるといわなければならない。平兵衛が前示のように訴外関勝三郎に立木をまた上告人に山林を売渡したのは、いずれも被上告人の承諾を経たものでなく、上告人に対する売買につき登記ができたのも平兵衛が被上告人名義の売渡証書及び登記申請書を偽造したのによるというが如きは、単なる内部の事情にすぎずこれによつて右の解釈を左右されるものではないばかりでなく、右のように売買登記が支障なく完了したという事実は、原判示も認めるように平兵衛に本件山林売買の代理権もあると信ずべき有力な根拠となるものというべきである。原判決は上告人が被上告人家に長年出入りするものであつて、本件売買当時も同家に出入りしており、山林売買は一般家政処理と異る重要な事柄であるから、上告人が被上告人につき本件売買の事実を確めるべきであるというけれども、平兵衛が当時被上告人家の一般家政処理をしていたことは前示のとおりであつて、先にも山林を売却しているのみならず、本件山林の売買代金は一五万円余であつて必ずしも巨額とはいい難く、かかる程度の売買につき被上告人の意思を確めなかつたからといつて、上告人に過失ありということはできない。

然らば原判決は他に特段の事情を示すことなく単に上告人において被上告人につき本件売買の事実を確めなかつたことのみを根拠とし、民法第一一〇条に関する上告人の主張を排斥したのは違法であつて論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

よつてその余の論旨に対する判断を省略し民訴第四〇七条に従い裁判官の全員一致で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 垂水克己 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

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